
本尊は、馬頭観世音(ばとうかんぜおん)で、筑前国中33ヶ所霊場16番札所です。お寺を開いた人は、圓通大応国師(えんつうだいおうこくし)です。
言い伝えによれば、「昔、宮地岳西側の山の麓の大力谷(だいりきだに)と言う所に、海雲山善福寺というお寺があり、火事で観世音が焼けた時に、観音像は、今の地に飛んで来て難を避けた」といわれています。そこにお堂(今の六角堂)を建てて祭ったということです。元和9年(1623年)、京都で、黒田長政公が死去し、その柩(死者を入れた箱)を船で博多に運ぶ途中、風波が強くなったため、この地に柩をあげ、四方に垣を造って守護しました。翌日、陸路で博多の崇福寺に送られたので、別名を、垣の内観音(かきのうちかんのん)とも言われています。三色の藤(白、ピンク、紫)の大木があり、4月〜5月にかけての満花時は見事です。