曽我兄弟図(宮地嶽神社)

父の仇討ちを果たした曽我兄弟は、頼朝の一党と激しく切り結ぶが、画面手前、曽我 十郎祐成は、新田 四郎忠常に討たれ、後方で組み付かれている五郎は、小舎人五郎丸に捕らえられ、翌日処刑された。話は、歌舞伎等に取り入れられ江戸民衆に圧倒的な人気を得ていった。絵師萱田 春帰は津屋崎出身の円山派の絵師で江戸から明治にかけて活躍した。
基本情報

神社
宮地嶽神社(宮司)
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作成年
明治14年(1881年)
サイズ
127センチメートル×180センチメートル
作者
春帰
更新日:2020年02月25日