波折神社の建造物が国の有形文化財(建造物)に登録されます!
津屋崎の成立を体現するとともに近代津屋崎の発展を象徴する神社建築
国の文化審議会(会長:島谷弘幸)は、令和8年3月26日(木曜日)に開催された同審議会文化財分科会の審議・議決を経て、福津市津屋崎に所在する波折神社本殿、同拝殿及び幣殿、同手水舎、同二ノ鳥居の計4件の建造物を新たに国登録有形文化財に登録するよう文部科学大臣に答申しました。
こののち、これらの建造物は官報告示によって国の登録有形文化財(建造物)に登録されます。
なお、官報告示後の福津市における国登録有形文化財(建造物)は計7件となる予定です。
波折神社本殿 外観
波折神社本殿 妻部彫刻
波折神社拝殿 化粧屋根裏天井と二重虹梁
波折神社拝殿 外観
波折神社幣殿 内観
波折神社は中世以来の港湾集落「津屋崎」の産土神です。かつての入海の出口を塞ぐ砂丘の先端部に所在しています。本来は当方500mの「宮ノ元」に鎮座しましたが、承久3年(1221年)に現位置に遷座したと伝えます。
遷座年は「津屋崎」地名の史料上の初見である永和元年/天授元年(1375年)を100年以上さかのぼります。同じく津屋崎に所在する教安寺は直後の寛喜3年(1231年)開基と伝えており、港湾集落としての津屋崎の骨格はこの時期に成立したと考えられます。波折神社は津屋崎の成立を体現する存在であり、現在に至るまで町並みの中核を担っています。
近世の津屋崎は、従来の海上交易に加えて勝浦・津屋崎塩田で生産された塩の積出港としての役割も加わり発展しましたが、明治後期になると舟運の退潮と塩田廃止により往時の活況を失いかけます。しかし、海水浴場をはじめとする娯楽施設開場等の各種振興策を功を奏し、海浜リゾート地として変貌していくことになります。今回、文化財に登録される建造物は明治~大正期の建立であり、津屋崎がまちの性格を変質させていく時期にあたります。本殿を飾る華やかな彫刻や拝殿内部の豪壮で雄大なつくりは、時代の変換点にありながらも津屋崎の旺盛な経済力を物語っていて、近代における津屋崎の発展を示す重要な建造物と評価できます。
波折神社手水舎
波折神社二ノ鳥居
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更新日:2026年03月26日